東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)33号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、以下に説示するとおり、引用例送信器の構成の認定を誤り、ひいて、引用例との比較において本願発明をもつて引用例の記載から当業者が容易になしうる程度のものであるとした点において、判断を誤つたものであり、取消を免れない。すなわち、前示本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第三号証(本願発明の出願公告公報)を総合すると、本願発明は、光線として太陽を利用する光線による通信方式に係る光線変調送信器に関するものであり、一端から音波が投入される管の他の端部を長手方向管軸に対して四十五度程度の角度をもつように斜切し、この傾斜口全体を薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡体で完全に被覆して閉鎖したことを特徴とするところ、本願発明は、前記のように管の端部を斜切した構成を採ることにより、この端部は、管が円形横断面を有するときは、管の直径に等しい短径を有する楕円形となり、その管軸に垂直な横断面よりも広い面積を占め、したがつて、この傾斜口全体を薄く、かつ、可撓性の反射鏡体で閉鎖したことにより反射鏡の有効面積が増大し、この反射鏡に入射する光量、したがつて、反射鏡によつて反射される光量は、管を垂直に横断するように構成された端部を反射鏡体で被覆して反射鏡とした場合よりも増大し、これにより通信距離を延ばすことができ、また、この反射光量を受信する側に対して受信光量を増加せしめるという効果を奏することを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
他方、本件審決は、引用例の構成について、振動板Dが音声を送る管の管軸に対して当然に傾斜をしており、この構成は、本願発明において、管の他端を斜切して拡大した傾斜口を設け、この傾斜口全体を閉鎖する薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡体とする構成と同様である旨認定するが成立に争いのない甲第二号証の二(引用例)、特に、その第2図の説明によれば、引用例送信器においては、音声を送る管の先端部分に位置する振動板Dは、基板に垂直ではなく、やや右上方を向いているものと推認することができるが、左上方より下降している音声を送る管の先端部分の形状すなわち振動板Dが音声を送る管の管軸に対して垂直であるのか傾斜しているのかは、同図面によつても、これを明確にすることができないし、また、音声を送る管が右管を支持している支持枠を貫通したあと上向きとなつているような場合にはその先端部は管軸に対し円形横断面であつてよく、かえつて管軸に対して傾斜してはならないことを考慮に入れると、本件審決が認定するように、引用例送信器において、振動板Dが音声を送る管の管軸に対して当然に傾斜をしているものとは直ちに断定し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。被告は、引用例第2図において、前示支持枠近傍の管軸は反射光と平行な直線に対してほぼ平行であるから、振動板Dは、管軸に対して傾斜している旨主張するが、右支持枠の手前すなわち、図面上見える側付近の管軸部分は反射光と平行な直線に対してほぼ平行であることは前顕甲第二号証の二によりこれを認めえないでないが、右支持枠の図面上見えない部分の音声を送る管の管軸も反射光と平行な直線に対してほぼ平行であるとは速断し難いこと叙上説示してきたところから明らかであるから、被告の右主張は採ることができない。
しかして、叙上認定説示したところによると、引用例は、その構成において、本願発明における、音波が投入される管の他端を斜切して拡大した傾斜口とし、この傾斜口全体を光線反射鏡体とする前示の技術思想を欠き、したがつて、この構成に伴う原告主張の作用効果を奏しうるものでないことが明らかであるから、本件審決は、引用例の構成についての認定を誤り、その結果、前示のような誤つた結論を導くに至つたものといわざるをえない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十五年七月二十日、「光線変調送信器」につき特許出願をし、昭和三十八年七月二十九日、出願公告されたところ、日本電気株式会社から特許異議の申立があつた結果、昭和三十九年八月十九日拒絶査定を受けたので、昭和四十年一月八日、これに対する審判を請求し、同年審判第五二号事件として審理されたが、昭和四十四年十月二十二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年十一月十二日原告に送達された(出訴のための期間として三か月附加)。
二 本願発明の要旨
一端から音波が投入される管の他端を斜切して拡大さる傾斜口を設け、この傾斜口全体を薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡全体で閉鎖し、この鏡体の光線反射面が音波に応じて歪形することを特徴とする光線変調送信器。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された昭和十四年八月十日合資会社共立社再版発行、阪本捷房著「光通信」(以下「引用例」という。)の「2.1・Bell及Taintorの研究」の項の、第1図(別紙(〔編註〕省略)第一図をいう。以下同じ。)に示された光線変調送信器は、光源S、平行光線を作るためのレンズL、光を反射する振動板Dを含んでいるところ、この図について、「振動板Dの後から直接に音声を送るか或は電磁的に之を音声に従つて振動させると反射された光線は光束が開いたり縮んだりする」と説明されているところからみて、音声で直接駆動する場合の振動板は、音声に直接応答できる程度の可撓性を当然に備えているものと認められ、また、同項の第2図(別紙(〔編註〕省略)第二図をいう。以下同じ。)に示された光線変調送信器(以下「引用例送信器」という。)は、振動板Dと、左上方より下降し振動板Dの附近に至つてほぼ水平となつている音声を送る管、右上方より該振動板へ入射する光の通路、反射後に右方へ出ていく光の通路からなつているところ、この構成からみて、該振動板Dは該管軸に対して当然に傾斜をしているものと認められる。そこで、本願発明の構成要件と引用例に記載のものを比較すると、次のとおり認められる。
(1) 本願発明における「一端から音波が投入される管」と引用例送信器の管とは、同等である。
(2) 本願発明における「管の他端を斜切して拡大せる傾斜口を設け、この傾斜口全体を閉鎖する薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡体」と引用例送信器の管の右端に設けられた(かつ、管軸に対して傾斜をするものと認められる)ところの振動板Dとは、同等である。
(3) 本願発明における、管の他端を光線反射鏡体で閉鎖することについては、対応する事項が引用例に明示的には記載されていないけれども、引用例送信器のように音声を振動板のところまで管などによつて導く場合に、端部を振動板で閉鎖することは、振動板を振動板として機能させる以上極めて当然のことであるから、この点は単なる設計的事項の範囲内のものにすぎない。
以上のとおりであるから、本願発明は、引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものというべく、特許法第二十九条第二項の規定によつて特許を受けることができないものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本願発明の要旨、引用例の第1図に示された光線変調送信器の構成、これについての引用例の説明及びこの説明からみて、音声で直接駆動する場合の振動板が音声に直接応答できる程度の可撓性を備えているものと認められること並びに引用例送信器の構成(音声を送る管が振動板Dの附近に至つてほぼ水平となり、この音声を送る管の端部が振動板Dで閉鎖され、振動板Dが音声を送る管軸に対して当然に傾斜をしているとの点を除く。)がいずれも本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、引用例送信器の構成の認定を誤り、本願発明が引用例送信器の挙げえない顕著な作用効果を奏する点を看過誤認し、本願発明と引用例送信器との比較において、認定ないし判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて引用例の記載から容易に発明をすることができるものとした点において違法であり、取り消されるべきである。すなわち、
本願発明においては、管の一端は音波を投入するように開口とし、他端は斜切して拡大した傾斜口を設け、この傾斜口全体を薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡体で閉鎖し、鏡体の光線反射面が音波に応じて歪形することの構成をとつた。これによつて、管が円形横断面を有するときは、管の斜切した側の端部は管の直径に等しい短径を有する楕円形となり、管軸に垂直な横断面よりも広い面積を占める。これに対し、引用例送信器は、振動板Dが音声管の右端における管軸に対し傾斜しているものではないし、管の他端を斜切し拡大した傾斜口を設けているものでもなく、また、この傾斜口全体を薄く、かつ、可撓性の光線反射鏡体で閉鎖したものでもない。引用例の第2図は単に光線変調を利用した通信方式の原理を図式的、原理的に示しているに止まるものである。しかして、本願発明は、前記の構成をとつたことにより、(一)送信装置全体が極めて簡単で数少ない部品で足り、したがつて、安価に製作することができ、(二)管端を斜切して振動板を張つただけの一体化された管よりなるから、操作が極めて容易であり、単に管を傾け、あるいは管軸を中心に回転することにより、移動する光源を追うことができ、また、受信点に目標を定め望ましい角度の入射光及び反射光を得ることができ、(三)管端を斜切し拡大した切口全体を反射鏡とすることにより反射鏡兼振動板の有効面積が拡大し、したがつて、反射する光の量の増加により通信距離を延ばすことができ、受信される最大光量が増加し、受信再生される音の振幅が増大することにより受信器による音の解明が容易になり、また、振動板の固定点(支点)間の距離が拡大されて振動板の可撓性が増大するので、特に低周波音(低音)に対して振動板の共振が可能となり、低音の送信効果が改良されるという格別の作用効果を奏する。